九月中にも遠隔は毎日継続してやっていましたが、短時間でした。 10/2日以降ご両親は 大学病院での治療に見切りをつけ たようでした。 それは、10/11日の深夜に美穂さんが舌を巻きこみ、 ほぼ、窒息状態になった時、 医師が父親を医務室に呼び、
「患者さんの意識はもう無いはずだ、治療法は一切無く 延命治療だけだ」と、宣告されたのだそうです。
その事を受け、ご両親からは毎日大学病院に来ていただき、 波動による治療をしていただきたいとの依頼を受けました。
毎日の授業の合間の遠隔治療と大学病院での二時間の治療、奇跡を 期待し、毎日一時間30分の道程をかけて通いました。
途中で、私も弱音を吐きました・・・ ご両親を励ましながらも、反面で農道さんに相談しました、 「こんなレベルの私が、こんな患者さんの治療をやり続け て いいのか」と、相談しました。 その度に 励ましていただきました。
「意識が無い」と、宣告されて以来、40度以上の高熱と120を 越える脈拍、呼吸も乱れがちで、痰も10分おきくらいに のどにからんで、苦しそうでした。
10/2日以降、三時間の往復と、二時間の治療、合わせて五時間 費やして、毎日通いました。 10/21日には、高熱が下がり、脈拍もほぼ80くらいに 下がって来ました。 10/23日(23日〜24日は鶴岡での講習会開催日)に、 大学病院に行きました、 (駐車場に着いた途端 小千谷地震に襲われびっくり)
ご両親は 最近になく明るい顔をしていました、
今、ばあちゃんが帰り、「涙を流して帰った」との事、
理由を聞いたら、「美穂ちゃんが ばぁちゃんが帰る時に
バイバイと、手を振り反応した」との事でした。
ご両親も、久しぶりに美穂さんが自分の意思表示をした
という事で 大喜びでした。
毎日の 遠隔と、一時間半にわたる治療で奇跡が起こったので
しょうか・・・。
昨日の 医師の回診の時、医師の言葉にご両親は怒っていました、
「意識が戻ったようだね。」と 言ったとか・・・
「意識が もう無い」と、言ったのは
どこの 誰だったのか! と。
昨日は 日中は一日中目を覚ましていて、脈拍も呼吸も正常で、
目もしっかり見えています、
まだ、会話は 出来ていませんが イエス ノー の 意思表示は、
うなずく事で 出気るようになりました、
私にとっても 女房にとっても
奇跡的で 劇的 な 体験でした。
以上 僕に送られて来たFAXでした、
素敵な 仲間が 懸命になって、してきた事、 さぶちゃんに 「がんばらないで よく
ガンバッタ ネ」 と、
エール を 贈ります!
ありがとう ございました。 拝
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